動詞
📖 否定形は「看不见」または「没看见」。補語を伴う場合は「得」が必要(看得见)。離合詞ではない。
1
(視覚によって)見る、目に映る、見える
📝 「看见」は動作の完了を表す場合が多いが、状態を表すこともある。
我看见一只鸟在树上。
(Wǒ kànjiàn yī zhī niǎo zài shù shàng.)
私は鳥が一羽木の上にいるのを見ました。
你看见我的书了吗?
(Nǐ kànjiàn wǒ de shū le ma?)
私の本を見ましたか?
远处有什么东西?我看不见。
(Yuǎn chù yǒu shénme dōngxi? Wǒ kàn bu jiàn.)
遠くに何かありますか?見えません。
他看见了那个场面。
(Tā kànjiàn le nàge chǎngmiàn.)
彼はその場面を見た。
我没看见他。
(Wǒ méi kànjiàn tā.)
私は彼を見かけませんでした。
2
(比喩的に)理解する、悟る
📝 この意味では「看清楚」「明白」に近い。
经过这件事,我才看见了他的真面目。
(Jīngguò zhè jiàn shì, wǒ cái kànjiàn le tā de zhēnmùmiàn.)
この一件を経て、私はようやく彼の本当の顔を見た(理解した)。
他终于看见了自己的错误。
(Tā zhōngyú kànjiàn le zìjǐ de cuòwù.)
彼はついに自分の過ちに気づいた。
⚖️ 類義語との比較
'看见'は視覚による知覚の完了を表すことが多いのに対し、'看到'は視覚による知覚の完了・結果を強調する。しかし、日常会話ではしばしば互換的に用いられる。'瞧见'はやや口語的で、偶然見かけるニュアンスが強い。
生成: Gemini 2.5 Flash Lite /
生成日:
2026/04/20 20:12
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